十五世紀初頭。大航海時代前夜。
「海の帝国」中国・明の永楽帝は鄭和率いる南海遠征艦隊を派遣。
第四次航海にしてアフリカ東海岸マリンディに到着。
現地国王よりキリンを朝貢される。
伝説の霊獣「麒麟」出現に沸く明は、
アラビアの貿易港市アデンの王立庭園アル・ハディーカに、
南京までの海上輸送を依頼する。
キリンの訓練士となる少女、鄭彩霞、
明の皇女、アラビアの航海士、ペルシアの設計技師、
マラッカ王妃、琉球の女武器商人、
多くの国の人物が手を携え、世界最高技術を駆使し、
史上初のキリンの遠洋輸送に挑む。
大航海ロマン開幕!
『キリンライナ 上 明の鄭和艦隊』
著者:添田健一
装画:玉川重機
編集:秋山真琴
発行:雲上回廊
頒布:第二十六回「文学フリマ東京」ア-34 雲上回廊
日程:2018年5月6日(日)
価格:900円
判型:A6(文庫本)
頁数:212ページ
部数:150部
はじめて身にまとったアル・ハディーカの官服は、あつらえたようによくなじんだ。
鄭彩霞は、船室と呼ぶにはあまりにも手狭な、厚手の紗幕で仕切られただけの一角にて、壁かけの大きな鏡をのぞきこむ。ほほえんでみる。
水色のガラビア。裏地は薄い橙色だ。長い袖はゆったりしている。裾は膝下までひろがっている。履いているのは膝までの茶色の革靴で、蝶のかたちの結び目がある。爪先は上を向いて先端がとがっている。
彼女は鏡の前でくるりとまわってみる。長い袖と裾がふわりと持ちあがる。服のなかで身体が泳いでいる心地がして、なんだかくすぐったい。
長い袖からは品のよい香りがした。子供のときの祝いごとの際にも、しばしば嗅いだかぐわしい香り。沈香。袖先を鼻先にあてると、清涼さのなかに、柑橘のわずかにきつい匂いが鼻孔をそっとかすめる。なつかしい香り。
花模様の描かれている水色地の長いスカーフをかぶり、あまりを首まわりに巻きつける。髪があまり長くないのが残念だ。長い航海のあいだはずっと背のなかほどまでで切りそろえていた。アデンにいるあいだは髪を伸ばそう。そうしたら、後ろで長い三つ編みにしてたばねたい。
細かいところを鏡で確かめながら、おぼえたばかりのアラビアの星めぐりの歌を口ずさむ。唇の端にひとさし指をあてる。
(本文15-16ページより)
向きあうかたちで彩霞は立つ。胸に手をあてる。
追い風が、また一段と強くなった。船の速度もあがる。飛ぶような勢いで、船は海原を切り裂き、飛沫を盛大にあげて大洋を往く。
突風のあまり、彩霞は目を閉ざしてしまう。髪の毛やスカーフの端が持ちあがる。軽く声をあげる。アデンとの別れを惜しむ歌を歌うつもりでいたのだが、これではままならない。だが、吹きすさんでくる風は心地よく、解放感に満ちていた。
彩霞はそのまま身をゆだねて、風を受けた。衣服とスカーフの端、髪の毛が持ちあがったままである。目を開く。この強い風がわたしたちをカーリクートに、はるかな故国、明にまで運んでくれる。ネジュマにとっては新しい故郷となる地。希望の未来へと。
(本文72-73ページより)